日本が大学入試改革をやる意味とは何なのか?③

日本が大学入試改革をやる意味とは何なのか?③-日本の教育評価は世界標準なのか-

インド洋の夕日は沈んでからのひとときがたまらない。オレンジ色から徐々にピンクそしてパープルへと移ろってゆく。まるで時の狭間に迷い込んだ気分だ。そのまま夜空はサザンクロスに突入、南半球の星座に圧倒される。このパノラマは地中海性気候(Mediterranean climate)の凛と澄み切った空気のなせる業なのだろう。

2000年に入りSARSに苦しめられた私はパースに引っ越した。世界の旅の兼高かおるさんに最も住みたい町といわしめた西オーストラリアである。近くには極地観測船の寄港地フリーマントルがあり生牡蠣が旨い。スワン川周辺のワイナリー巡りも楽しみになる。ピナクルズやウェーブロックの奇岩など観光に事欠かない自然豊かな土地である。しかしパース探索もひと段落して日常に落ちつくと週末のBBQ以外はこれといった娯楽もない。島国根性の私は早くもアジアの喧騒が懐かしくなり、所詮豪州はせいぜい300年の歴史のつまらない国だとひとり悪態を吐いて憂さを晴らしていた。

そんな時に知人から留学の問い合わせが来た。名の通った県立高校の1年生でアカデミックスコアも良い。当時は豪通貨レートも低く、良い大学高校はないかという相談である。当たり前だがオーストラリアはどの大学も日本の5段階評価に対応していない。そもそも日本の5段階評定平均をそのまま鵜呑みにする海外の高校大学はない。高校に編入するにせよ、国際コースやESL(非英語圏の学生の指導コース)を如何に早く修了するかが本コース(main stream)合流のポイントになる。特に大学はIELTSという英語検定試験のスコアが必要となり、ほとんどの日本の生徒は英語が出来ないために英語学校から大学準備講座(foundation course)を経て学部に入ることになる。ノーベル賞獲得数だって世界7位なのに、なぜに日本の教育は世界に認められていないのか。その答えは明らかで英語コミュニケーション力の差である。以前、日本の小学校教育課程に英語の教科導入の是非が問われ、母語教育が重要だから英語導入は早計だと評論家たちの喧々諤々の論争を見た。たぶん自分たちが受けてない教育への不安と単線型学制の弊害なのだろう。同じアジアの海に囲まれた国シンガポールは建国の父リー・クアンユー(李光耀)の先見の明で英語教育を徹底した。シングリッシュと毒づかれながらも華僑が8割を占める国家でコミュニケーション英語を定着させたのだ。なぜかというと資源のない国が世界で戦うには教育しかないからである。

現在、日本はTOEIC・TOEFL・英検などの外部評価を大学入試の基準に充てている。加えて高校での活動歴や数学・科学オリンピックなどのコンペティションの受賞歴も基準にするらしい。世界標準の評価に近づくには、教育の基盤にマルチリンガルのコミュニケーション力の環境整備と自分でキャリアを積み上げられる自由度の高い学制の設置が必要なのだ。OECDが3年おきに実施している国際学力調査(PISA)で上位に位置するフィンランドは小学校での留年を認めている。パースのわが家の草刈をしていた庭師は国立オーストラリア大学出のインテリだが、ガーデニングで身を立てたいと言っていた。

自分の将来は自らデザインするもので他人や周りが押し付けるものではない。日本人はレールから外れたと絶望してみたり職業で社会的立場を決めつけたりする傾向がある。周りの目を気にする、期待に応えたい人たちなのだ。この体質は制度や環境を変えない限り直らない。足踏みしても後戻りしても何度でも挑戦しても、それが普通な社会に早く変えないと全員が同じ方向で同じ基準を求める社会になってしまう。オリンピックが近づき多様性(diversity)への対応に追われ、国際情勢も米国依存の戦略ではどうにもならなくなってきた。自分で考え自ら発信し自らの責任を負う、本当の意味での自立が必要な時期に日本は来ているのかもしれない。

前回のUWCの生徒たちがIBの資格で東大を受けられたかという問いは、20年前の90年代は残念ながらノーであった。国際バカロレアが日本で認められるまで、その後10年以上の時が必要だったのである。大半の生徒はもとの学校へ帰り、UWCの経験を決して遠回りと考えず、卒業をして超難関大学学部へ進学していった。また日本の大学の選考基準に疑問を持った子たちは、海外に飛び出していった。

 

今回で私のコラムは一旦終了しますが、リクエストがあればまた連載したいと思います。ご拝読ありがとうございました。

 

自宅のあったサウスパースを眺めた薄暮

 

夜空の南十字星

 

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