学習方法の成立と歴史~学校の歴史②~

~人はどのように、何を、誰に対して、何のために教育してきたのか~

 さて,これまでに学校の成立過程について順を追って概説してきました。人は歴史の中で様々な発見や発明,そして失敗をしてきました。様々な発見や発明は,私たちの教育にも活用されていきます。それと同時に,過去の失敗からも学ぶことで,よりよい教育の実践ができることになるでしょう。温故知新ではありませんが,過去から学ばずに,教育改革を謳っても同じ過ちを繰り返しかねないのが世の常です。そこで,今回は教育の内容の歴史,すなわち「人がどのように,何を,誰に対して,何のために教育するのか」について迫っていきたいと思います。

 世界最古の教育学の本は何でしょうか。意見が分かれるでしょうが,ここではプラトンの『国家』を挙げたいと思います。このプラトンの『国家』は,奇しくも私が高校時代初めて読んだ岩波文庫です。当時,高校生だった私は背伸びをして,岩波文庫を読んでいました。さすがにいきなり難しい本は腰が引けてしまい,対話文で書かれているのでとても入りやすい『国家』を手に取ったのです。当時の私は「所詮数千年前の人の考えだろう」程度に安易に読み始めたのですが,読み進める程,その時代の知性に驚かされたものです。この本は,ソクラテスと彼に対抗する他のソフィストとの議論という形で進んでいるのですが,ソクラテスの述べることに何か反論を思いつくと,次の行でその通りの文章が出てきます。そして,自分が思いついた反論はきれいにソクラテスに反駁されるのです。読後,私は大いに反省しました。私はまだ数千年前にも及んでいない,と。

図 プラトンの『国家』とアリストテレスの『政治学』。是非ご一読を。 

 話が大きく逸れてしまいましたが,この本の中でプラトン(文章中ではソクラテスが語っているのですが)は,哲人統治について語り,哲学者とは何か,正義とは何か,そして統治者としての哲学者(哲人王)を育てるための教育とは何かについて語っています。そこで行われる教育は,具体的には,音楽と体操から始められます。その後,算術,幾何,天文,音調学が加わります。そして弁証法を学びます。すると,プラトンの言う「一切の認識の根源たる善のイデア」が認識できるようになるというのです。プラトンの教育は王侯や貴族のためのものであり,万人のためのものとして構想されていません。それでも,そこで手に入る能力は,重要なものです。何より,プラトンが,この中で「順序を持って教える」というカリキュラム論を展開したことは評価されます。今でも,英語をいつから教えるかという議論がニュースになっていますが,プラトンの時代からそれがなされていたことは注目に値しますね。

 

図 ソクラテスが毒杯を飲むところ(左),プラトンとアリストテレス(右)

(大阪大学「倫理学基礎」より)

 ギリシャ哲学はとても面白く,可能ならばそれだけでcolumnを書きたい位ですが,ここではソクラテス→プラトン→アリストテレスの流れで進みましょう。アレキサンダー大王の家庭教師にして万学に精通したアリストテレスの『政治学』という本があります。これまた,私が高校時代にプラトンの『国家』と時を同じくして読んだ本です。この中でアリストテレスは,国民と国の目的が一致しなければならないと述べます。民主政治を実現するためには,国民が民主的でなければならないからです。そして,そのために,全ての市民に教育を施さなければならないと,公教育の必要性を訴えたのです。教科としては,読み書き,体操,音楽,図画の4つが挙げられます。こうしてみると,現在の主要科目としてイメージする国語,数学,英語,そして理科や社会といった科目よりも,体育や美術,音楽の重要性が目立っていることがわかります。実際,上流階級(この時代では市民全般)においては教養を大切にしていました。音楽の素養,芸術に対する審美観,健康な肉体,それに基づく知性が備わっていなければ一人前とみなされなかったのです。

 教育の歴史も科学の歴史と同様に,概説書の中では多くの場合,この後なぜかルネサンスへと進んでしまいます。アリストテレス(BC 384-BC 322)の後にエラスムス(1466-1536)になるのです。さすがに時代が飛びすぎです。この空白期間は,前回のコラムでも述べましたが,イスラムが地中海世界を席巻していました。このイスラムでの教育は,神を理解することと関連していました。『ハディース』というイスラムの言行録にある「学問のすすめ」では,知識を持つことで,善悪を区別でき,困ったときにも問題を解決するし,友人も増えるといった実用的な面とともに神を理解する抽象的なことも奨励したものとなっています。このような考えは,その後のキリスト教社会における教育にも伝承されます。イスラムでは,神の創造である,動物,植物,鉱物などの環境世界について学んでいきました。ただ,長い歴史の中で「知識の獲得」と「神の理解」の優先的な度合いは揺れ動いていきます。このような動きは,その後のキリスト教社会のみならず,現在の教育にも見られます。「知識を得るだけではだめだ。人は善く生きることこそが大切である」という意見は,いまだに言われていますし,逆に「抽象的な学問だけでは実社会においては何の役にも立たない。実社会に直接的に役立つ学問を教えるべきである」という意見もよく聞きます。これは教育の「目的」と「方法」を比較しているので意味がないのですが,人はそのような議論をついしてしまうものなのです(野球の試合観戦中に「ヒットを打っても点に結びつかなきゃ意味がない」からといっても,それは「ヒットを打つな」ということではありませんよね。同様に「善く生きるために知識を得るな」というわけではないのです)。

 この時代のイスラム圏では,図書館とともに学問所(マドラサ)が設立され,多くの若者にとって憧れの存在でした。高等教育を受けるためには,まず予備校と学問所における基礎数学を学ぶ必要がありました。大学では,数学,天文学,医学,生物学が学べました。一般には初等教育を終えた一般大衆の師弟にとっては,授業,読書,コーランの読誦,宿題が教育の大半であり,一部の認められた者が教科や概念などのより高度な学習をすることができました。無論,この全ては教義の理解や解釈の範囲内であり,女性が教育を受けることはできませんでした。

図 マドラサでは法学・神学などが学べた(京都大学インターネット連続講座より) 

 前回のcolumnでも書いたとおり,イスラム圏が古代ギリシャから継承し発展させた知識は,12世紀ヨーロッパへ伝わります。イタリアやスペインなどを中心にアラビア語からラテン語へ翻訳作業が行われました。こうして西洋に大学が発生したことは前回述べたとおりです。そしてルネサンス後期,宗教改革の只中において,ヒューマニズムの代表ともいえるエラスムス(1466-1536)が現れます。エラスムスは,この時代に教育について様々な助言を行っています。たとえば,裕福な人が,家屋や馬などには大金をつぎ込むが,子どもの教育には無関心で,美味しい食事を与えれば十分だ,といったものです。現在と変わりませんね。エラスムスは,すべての人が平等に立身出世の機会を持つべきであり,自由人として生きることが大切だと考えました。そのため,子供達が公教育を受けることを推奨します。さらに,子どもたちの学習意欲を喚起するために,おもちゃや文字の形のクッキーを利用する,といった先進的な方法を提唱しました。そして,子どもたちの発達段階に応じて学習内容を並べるという,現在に通じる学習方法を提起するのです。まさに,近代教育の萌芽です。エラスムスの「幼児教育論(1529)」の正確な題にこの考えが深く刻まれています。それは「子どもを誕生直後から自由人にふさわしく徳と学問にむかって,自由人にふさわしい仕方で教育すべきであるということについての提案」というものです。

 

 18世紀の西欧では,このように学校で様々な刑罰が行われていました。以下,エラスムスの経験談より。

 彼は客を招いて食事をするたびごとに,必ず食事のすんだ後で,誰かひとりの生徒を呼び出して鞭でなぐって見せるのが例であった。そしてそれはしばしばまったく罪を犯したことのない生徒にも向けられた。ちょうど私が居合わせた時にも,(中略)傍らにいた補助教師をさしまねいて,「打て」と命じた。すると補助教師はたちまちこの子を床にねじ伏せておいて,あたかも神様をけがすような大罪でも犯したかのように,その子を打ちのめした。(中略)あとでその先生は私たちにいった。「あの子は別に悪いことをしたわけではないけれども,ああして鼻っ柱をへし折っておく必要があるのです」と。 (梅根悟『教育の歴史』より)

 いまでは,考えられない価値観であるが,ヒューマニズム前のヨーロッパでは当たり前の光景であり,これについては様々な研究がなされている。エラスムス以降,このような考えは減っていくが,いまだに学校における子供への肉体的刑罰は多くの文化に残っている。

 

 

 この時代の宗教改革は,教育改革も生み出します。それまでのカトリックの教義以外の思想を生むことになり,必然的に新たな思想に根ざした教育を標榜することになるからです。中でも,フス派の流れを汲む教団の牧師であったコメニウス(1592-1670)は,神の教えは教会だけのものではなく,皆のものであるという汎知主義をもっていました。そのため,全ての子どもたちのために,学校を設立し,よい書物とよい教授法を提供する必要性を説いていました。そして教育史の名著「大教授学―すべての人にすべての事柄を教授する普遍的技巧を提示する大教授学―」を世に出します(ちなみに正式な題はまだまだ続きます)。彼はまた,今では当たり前の挿絵つきの教科書『世界図絵』を世に出しました。

教師:こちらへおいで,かしこくなるには勉強しなければならないよ!
生徒:かしこくなるとは,どんなことですか?
教師:必要なすべてのことを正しく理解し,正しく行い,正しく語ることだよ。
生徒:誰がそれを教えてくださるのでしょう? コメニウス『世界図絵』(平凡社)より この後が読みたくなりますね。

 

 

コメニウスの後に,ロックやルソーなど,重要な教育論が続きますが,ここでは,その後のペスタロッチ(1746-1827)に移ります。ペスタロッチは,それまでの教育学とは異なる視点で教育を施しました。エラスムスやコメニウス,ロックやルソーですら,「全ての人に教育を」とは述べたものの,実際は貧しい人たちは教育を受けることができない環境のままでした。ペスタロッチはそんな中,貧民のために教育を行います。彼は,「人生を安らかにし,楽しくする知識,心のそこから満足させ,もろもろの能力を発展させ,日々を明るくし,歳月を幸せにするような知識」が人間の本質であるとしました。彼は,著書『隠者の夕暮れ』の中で「玉座の上に座っても,木の葉の影に住まっても同じ人間。その本質から見た人間,そも彼はなんであるか」と述べます。貧民でも学ぶことができ,幸せに暮らすことができる。真の意味で皆に教育を行き渡らせる取り組みを行ったのがペスタロッチです。いまだに,高等師範学校の流れを汲む筑波大学ではぺスタロッチの信念に敬意を払い「ペスタロッチ祭」という講演会を毎年開いているほどの人物なのです。

図 シュタンツ孤児院でのペスタロッチ(梅根悟『教育の歴史』より)

さて,ペスタロッチは子どもたちの直感に重きをおく教育を実践していきましたが,ヘルバルト(1776-1841)はその方法を批判しました。彼は,明瞭―連合―系統―方法という教授学習の段階論を取りました。この手法は,いまだに学校現場で使われているものでもあります。さらに,彼は,教育の目的を倫理学に,その方法を心理学に求めるという,きわめて合理的かつ近代的な手法を確立します。現在でも,どこの学校に行っても標語として教育の目的が書かれていますね。その標語はとても倫理的なものではないでしょうか。これがヘルバルトの影響ですね。彼の活躍した時期は,産業革命も成熟していき,それまで労働力とみなしていた子ども達の1日を,労働と学習に分ける動きも出てきていました。前回述べたベルとランカスター方式の学校の誕生です。そこでは,時間を区切り,必要な知識や技能を「与える」ことが目的とされていました。多くの学校では,ヨーロッパでもアメリカでもこのように「与える」ための教育がなされていたことも注意が必要です。

 これらの歴史を経て,19世紀終わりから20世紀のはじめ,欧米で「新教育」の名の下に様々な教育が生み出されました。それまでの画一的な教育から自由な教育を,子ども中心に実施していく流れが生まれました。まさに「学ぶ」主体として,子ども達を捉える視点の誕生です。エレン・ケイ(1849-1926)というスウェーデンの女性解放思想家の『児童の世紀』(1900)が20世紀新教育の幕開けともいえます。この時期の教育の思想について簡単に見てみましょう。

 まず,ハッチンズ(1899-1977)です。ハッチンズは,わずか30歳でシカゴ大学総長を務めました。彼は,若者がその後の人生においても,自らを教育できる習慣や技術を教育する必要性を訴えました。そこで用いられる教科内容は,国語,数学,科学,歴史,外国語などであり,これらはいまの日本の教育のベースにもなっていることがわかります。彼のような立場は本質主義と呼ばれます。

 一方で,デューイ(1859-1952)は,本来の教育を生活の中での学びにあると捉えます。産業革命以前,人々は糸を紡いだり,機を織ったり,木工細工をしたり,冶金したり,様々な仕事をしていました。子ども達は,生活の中でそれらを観察し,動きを理解し,工夫することで構成的想像力や論理的思考力などの訓練がなされていたのです。デューイは,産業革命により,そのような体験が失われた子どもたちに,そのような体験をさせる場が学校であるべきだと考えます。子ども達は,教師の質問などに促されながら,様々な作業を通じて原料を吟味したり,手順を工夫したり,道具を生み出していきます。デューイは,これこそが教育であるといったのです。

 

図 デューイは1919年 東京帝国大学(現:東京大学)で講演しています。

 最後に紹介するのは,ブルーナー(1915-2016)です。ブルーナーの活躍した頃は,東西冷戦時代でした。そんな中,旧ソ連が人類初の人工衛星スプートニクを打ち上げます。アメリカこそが一番である,と考えていたアメリカには衝撃が走ります。これがスプートニクショックです。スプートニックショックを受け,1959年ウッズホールに35名の科学者が集まり,教育の建て直しを図ります。そのときの議長がブルーナーであり,彼は『教育の過程』にそのエッセンスをまとめました。彼は,認知科学者という立場から,人間が対象をどのように理解するかということについて専門的な知識を持っていました。『教育の過程』には,「どの教科でも,知的性格をそのままにたもって,発達のどの段階のどの子どもにも効果的に教えることができる」という有名な仮説があります。彼は,子どもたちの発達段階,子どもたちが世界をどのように捉えるかなど様々な認知科学的な知見を教育に盛り込んでいきます。そうして,系統的に学習をすすめること,学問を中心にすえること,子どもの発達段階に応じた教育を施すことなどを考慮した,様々なプログラムが出されました。彼の『教育の過程』は,各国の言語に翻訳され,教育書としては異例のベストセラーとなりました。

 

図 経験による学習(action-based),知覚による学習(image-based),言葉を通じての学習 (language-based)を提唱したブルーナー (HP 綜合的な教育支援のひろばより)

 ここで紹介した,デューイの経験主義・問題解決学習とブルーナーの系統的な学習・探究学習はとても大切ですので是非覚えておいてください。これらの教育研究は日本の教育にも影響を及ぼします。

 

A.子どもたちが自ら学ぶ課題を設定する B.子どもたちの発達段階に応じた課題を設定する
C.生活に根ざした実用的なことを学ぶ D.人類の知的文化遺産を学ぶ
E.大きな枠組みで学ぶ F.教科別に系統的に学ぶ
G.ゆとり教育 H.学習時間の確保 

 デューイは,生活に根ざして子ども達が自ら学ぶことの大切さを説きます。一方でブルーナーは発達段階に応じて系統的に配列した学習の重要性を説きます。これについては,教育を実施する側の目標(各国の状況に応じた目標)にも依存するので,どちらが正解ということはありません。

 たとえば,わが国で,国際競争力が低下し,不景気になったとしましょう。すると,子どもたちの能力を最大限に伸ばそうとして,教育の目標が設定されます。これに対し,わが国がグローバリズムの中で多様化する社会に対して活躍ができないでいるとします。すると,どんな状況下でも,何にでも対応できるように,課題を自ら設定させる方法を選択する場合もあります。前者ならば,子ども達は学ぶ内容が決定されているので,子どもによっては難しい課題の解決ができない場合もあるでしょう。一方で,後者の場合は,自ら低い課題を設定して能力が伸びない場合もあるでしょう。それぞれがメリットとデメリットを持っているのです。

 勉強ばかりで子ども達が自ら課題を見つけ活動する時間も必要ではないか,と週休2日制のゆとりを導入した際も,週末の使い方をしっかりと導くことができる家庭とそうでない家庭で二極化が生じました。家庭での教育が大切だ,と教師はよく言いますが,教師は教育のプロですから家庭教育ができるでしょうが,誰もがそうではないことを考えれば学校が果たすべき力は大きいことを認識すべきなのです。ですから,世界各国の教育は国が主導しているのです。

 しかし,何をどのように教えるにしても,結局のところ,1週間は168時間しかありません。この時間内で,何かを取り入れ,何かを捨てることになります。すると,教育の問題点を改善するたびに,何かを導入し,何かを捨てる歴史が続いてしまうのです。

 日本では,学習指導要領が1947年から試案という形で導入されました。その頃は経験主義の影響が強いものでした。ですから,教科自体はありましたがかなり自由度の高いものでした。その後,1958年の改訂では系統主義的な内容で科学技術教育の推進がなされました。その後,1968年には「教育の現代化運動」が行われ,かなりレベルが高く,密度の濃い教育がなされました。いまだに公立学校の図書室を見れば,その頃のPSSC高校物理やCHEMS高校化学,BSCS生物,SMSG中等数学などの書籍が眠っているはずです。1977年になると,ゆとりと充実をキーワードに,人間をつくることが目標とされます。この時期は,道徳や特別活動が重視されます。このあたりは,揺れ動きがみられます。

 算数の探険には、たし算、ひき算、かけ算、わり算がでてきますが、なぜそういうやり方をするのかをわかっていなければなりません。…子どもたちが算数でつまずくのは、練習不足とか、子ども自身が怠けたためというより、このような急所がよくつかめないからなのです。… この本に出会った子どもたちは、他人の助けをかりないで、どんどん先へ勉強をつづけていけると思います。… また、算数ぎらいになってしまった子どもも、この本によって、算数のおもしろさを知り、算数の勉強を、さらにすすんで学校の勉強全体を見直すようになってくれるでしょう。(抄録 1973年10月25日) (日本図書センターHPより)

 日本における教育の現代化,中でも数学において重要な役割を果たした遠山啓先生。学問と教育の本質が語られているようです。

 

 

 さて,平成の世になり1989年,自ら学ぶ意欲と「基礎基本の習得」という言葉が前面に出てきます。ここで,ついに関心・意欲・態度など数値化できない評価の観点が導入されます。1998年には「生きる力」というキーワードとともに,総合的な学習の時間が新設されます。総合的な学習の時間は,筑波大学付属小学校で導入され,多くの関係者が見学に訪れていた歴史ある教育実践の一つでした。それが日本中に一斉に導入されたのでした。導入時,各教育研究機関では,どのような教材が可能であるか,そのモデル案が出されました。そして2008年には,「生きる力」「基礎基本の習得」とともに「思考力・判断力・表現力の育成」が加わりました。こうしてみると,揺れ動きから一転,目標が増え続けていることが見て取れます。

 さて2020年の教育改革と言っていますが,ここでもやはり,いままでの流れは受け継がれています。文部科学省は「ゆとり」か「詰め込み」か,といった簡単な二元論での比較を排しています。そして「基礎的・基本的な知識・技能の習得」と「思考力・判断力・表現力等の育成」の双方の必要性を訴えています。具体的には「社会の変化や科学技術の進展等に伴い子どもたちに指導することが必要な知識・技能について、しっかりと教えます」「 つまずきやすい内容の確実な習得を図るための繰り返し学習を行います」「 各教科等の指導の中で、観察・実験やレポートの作成など、知識・技能を活用する学習活動を充実します」「 教科等を横断した課題解決的な学習や探究的な活動を充実します」などの目標を立てています。これはまさに,ブルーナーの系統学習と,デューイの経験主義の両立を目指しているのです。

 では,何が新しい教育改革なのでしょうか。実は,これまでの大学受験では前者のみが判断基準とされてきました。これに対して,後者も判断基準にしていこうという点が2020年の教育改革の主眼と言えます。ですからセンセーショナルだったのです。新しい点はそれだけなの,と思うかもしれません。大枠ではこれだけです。もちろん,一文一文に新たな目標や改編などは加わります。総合的な学習を理数探究に置き換えてよい,家庭科では消費者教育を導入する,などなど教科ごとの変更もあります。しかし本質は,系統的な学習と経験主義の両立,そしてその双方を評価していく,という点に集約されます。

 それでは,系統的な教科の学習と課題解決型の学習の双方をやっていればいいの,ということになります。ことは,そう単純ではありません。これらを,どのように指導し,どのような力を付けていくか,という点も大切です。新しい教育は簡単には実行できません。

 土浦日本大学中等教育学校は,そもそも設立の段階から,デューイとブルーナーの理論に依拠して教育目標を設定していました。さらに,その上に立って,私たちは,正統的周辺参加の理論などを援用し,協働的な学習を目指してきました。子ども達が自ら考えることの大切さとともに,皆とともに議論し課題を解決すること。そうして得た知識をみなの前で発表すること,などなどできうる限りの教育の機会を提供しています。そして,何より「わかる」だけでなくそれが行動として現れる「できる」教育を設立当初から目標にしています。ですから,本校の先生方は,面倒見よく,子ども達ができるまで付き合おうとしています。ただ,年頃の子ども達のことです。なかなか,こちらの気持ちが十全に伝わらないこともあります。教育は一朝一夕でできるものではありません。根気強く,先達達がおこなってきたこれまでの努力同様,たゆまず挑み続けたいと思います。

 最後になりますが,本来教育の技法としては,デューイの問題解決学習,ヘルバルトやラインによる系統学習,その二つを統合する目的で開発されたブルーナーの発見学習,ヴァーゲンシャインの範例学習(私の恩師の専門となります),ブルームの完全習得学習などなど多くのものがあります。さらに,集団学習,小集団学習(グループ学習),個別学習,協同学習(私の専門になります),協働学習などなど多くの学習形態との組み合わせで,その手法は広がります。教育改革の中で出てきたアクティブラーニングもこの中の組み合わせの一つに過ぎないのです。それぞれの組み合わせは,教育内容と子供たちの発達段階,そして子供たちの状況に応じて決めるものであり,それを知らずに,表面だけ真似しても「それっぽい教育」で終わってしまう点に注意が必要です。ですから,教員には「研修と研鑽」が義務付けられているのです。日本中の教師が,教育以外の様々な校務によって教育についての研鑽を積むことができないというニュースもよく耳にします。この点についても教育改革が行われることを願っています。

 次回は,いよいよ,2020年の教育改革の具体的な点について述べたいと思います。

 

《参考・引用文献》
プラトン『国家』(岩波書店)
アリストテレス『政治学』(岩波書店)
梅根 悟『教育の歴史』(新評論)
真野宮雄 増田 實 共編『現代教育概説』(学術図書出版社)
コメニウス『世界図絵』(平凡社)
ペスタロッチ『隠者の夕暮・シュタンツだより』(岩波書店)
デューイ『学校と社会・子どもとカリキュラム』(講談社学術文庫)
アンナ・キャンプ・エドワーズ,キャサリーン・キャンプ・メイヒュー『デューイ・スクール―シカゴ大学実験学校:1896年~1903年』(あいり出版)
ブルーナー『教育の過程』(岩波書店)
ブルーナー『教育理論の建設』(黎明書房)
寄田哲夫 山中芳和 編著『日本教育史』(ミネルヴァ書房)
長尾十三二『西洋教育史』(東京大学出版会)
ハワード・R・ターナー『科学で読むイスラム文化』(青土社)
森 重雄『モダンのアンスタンス―教育のアルケオロジー―』(ハーベスト社)
遠山 啓『算数の探険』(日本図書センター)

ページの先頭へ戻る